27 小特集 父親の心理学 子に対する社会行動を司る 神経回路 養育行動に寄与する最も重要な 脳部位は内側視索前野である。こ の領域の破壊によって養育行動は 阻害される。マウスの場合にはそ れまで養育行動を示していた母 親・父親マウスであっても内側視 索前野の破壊によって養育行動の 消失にとどまらず喰殺が見られ るようになる(Tsuneoka, 2015)。 内側視索前野は中脳に存在する中 心灰白質や腹側被蓋野(報酬や意 欲に関わるドーパミン神経細胞を 多く含む領域)に投射して養育行 動を促進していると考えられてお り,近年では光遺伝学的手法を用 いた実験結果も報告されている (Kohl, 2018; Fang, 2018; 図1参 照)。一方で内側視索前野への入 力元のうちいずれが養育行動を促 殺は自身の子供がより多くのリ ソースを獲得できるように,また 子育て中のメスがより早く生殖可 能な状態にすることで,自身の遺 伝子を持つ子供の繁殖効率を上昇 させるための行為と考えられてい る(Hrdy, 1974)。哺乳類に限る とマウスをはじめとするげっ歯類 動物やライオン,チンパンジーな どで喰殺の発生が報告されてい る。興味深いことにオスによる喰 殺の発生頻度はメスとの交尾を きっかけとして次第に減少してい く。メスとの同居を継続して出産 を迎えた後では,喰殺はほとんど 見られなくなり,巣への連れ戻し や保温などの養育行動を示すオス も現れる(Tachikawa, 2013; vom Saal, 1982)。また子供に繰り返し 提示することで,通常であれば子 育て行動を示さない交尾未経験の オスであっても養育行動を示す。 この効果は性成熟前の若い段階 のほうがより強く現れる(Mayer et al, 1979)。オスは授乳すること ができないため,父親のみの養育 によって必ずしも新生児の生存を 保証することはできない。しか し,母親の不在を定期的に設けた 場合には,父親からの養育によっ て子供の成育を正常範囲内に留め ることができることから,補完的 な役割を果たしていると言える (Dudley, 1974)。 はじめに 幼若な哺乳類動物が生き残るた めには,親からの哺乳や食物の供 与のみならず,保温,排便・排尿 の補助といったサポートが必要で ある。さらに不適切養育を受ける と,成長後に不安障害をはじめと する精神疾患の罹患率が上昇する ことが報告されている(Heim & Nemeroff, 2001)。幼若期に付加 される母子分離ストレスは精神疾 患モデルを作成するための手法の 一つとして実験室レベルで用いら れている(Minami, 2017)。不適 切養育によって起こる問題を回避 するためには,親側の養育する意 欲を向上させることが解決策とな るが,その脳内メカニズムは不明 な点が多いのが現状である。また 子供に対する不適切養育,つまり 育児放棄や暴力的虐待がどのよう にして起こるのかについても考慮 に入れる必要がある。本稿ではオ スの養育行動に関わる知見を紹介 させていただく。 行動様式の変遷 性成熟以前の幼少動物は,新生 児・幼若動物に対して親が示すよ うな巣への連れ戻しや保温などの 養育行動を示す。しかし周囲に新 生児・幼若動物が存在しない環境 下で性成熟期を迎えると,オスは 性成熟後に出会った新生児・幼若 動物に対して喰殺と呼ばれる攻撃 行動を示す(Amano, 2017)。喰
オスの養育行動発現に関する
神経・生理学
北海道大学大学院薬学研究院 講師天野大樹
(あまの たいじゅ) Profile─天野大樹 2007年,九州大学大学院薬学研究院修了。博士(薬学)。国立精神神経センター外 来研究員,ニュージャージー州立ラトガース大学博士研究員,理化学研究所特別研 究員などを経て,2015年より現職。専門は神経薬理学。 図 1 光遺伝学的手法を用いた行 動実験の様子。外科的手術によっ て光感受性イオンチャネルを脳 内に発現させるとともに光ファイ バーを挿入し,レーザー光の on-offにより特定の脳領域の機能を操 作する。この状態で仔マウス(左) に対する行動様式を観察する。28 進させる機能を持つのか,明らか になっていない。 またオスマウスの喰殺は副嗅球 系や分界条床核の破壊などによっ て抑制される。興味深いことに フェロモンを受容することが知ら れる副嗅球系の鋤鼻器は父親マウ スでは交尾未経験マウスに比べ子 マウスに対する反応性が低下して いる。さらに鋤鼻器を破壊するこ とでオスマウスの養育行動が促 進される(Tachikawa, 2013; Wu, 2014)。副嗅球系を起点とする感 覚情報は主に扁桃体内側核へと入 力しており,扁桃体内側核から内 側視索前野への投射も認められ る。実はこれまでこの神経回路は 性行動に重要な役割を果たしてい ると考えられてきた。性経験を経 て何らかの変化が副嗅球系—扁桃 体内側核—内側視索前野の間で起 こり,交尾未経験マウスの喰殺行 動から父親マウスの養育行動への 行動変化を引き起こしている可能 性がある(図2)。ただ,副嗅球 系が行動に与える影響の大きさは 動物種によって異なる。また一部 の霊長類では副嗅球系が存在しな い。子供から受ける感覚情報がど のように内側視索前野に伝わるか 議論する上で動物種には特に注意 を払う必要がある。 まとめ 養育行動はそれ自体が様々な行 動様式を含むとともに,社会経験 の各段階や外部環境,性ホルモン やオキシトシン,プロラクチン等の ホルモンなど様々な影響を受けて いる。メスとの交尾や同居などの 経験と,子供との触れ合い経験に よって脳内を変化させ,オスは新 たな社会環境に適応していると考 えられる。それぞれの社会経験に よって起こる神経変化のメカニズ ムやホルモンの作用を明らかにし ていくことで,養育を促進し,虐 待や不適切養育を防止する手段の 開発の基礎となる生物学的基盤の 構築が求められていると言えよう。 文 献 A m a n o , T . e t a l . ( 2 0 1 7 ) D e v e l o p m e n t - d e p e n d e n t behavioral change toward pups a n d s y n a p t i c t r a n s m i s s i o n in the rhomboid nucleus of the bed nucleus of the stria terminalis. Behav Brain Res., 325 (Pt B), 131-137.
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Wu, Z. et al.(2014)Galanin neurons in the medial preoptic area govern parental behaviour. Nature, 509 , 325-330. 図 2 養育に関連する脳部位(マウス)。内側視索前野は中脳中心灰白質 や腹側被蓋野に投射することで養育行動を促進すると考えられる(赤矢 印)。一方で,副嗅球系からの感覚情報は扁桃体内側核を経由して内側視 索前野を阻害する機能があると予想されている(青矢印)。現在までに内側 視索前野に入力して養育行動を促進する入力元は明らかとなっていない。 副嗅球 養育行動 腹側被蓋野 扁桃体内側核 中脳 中心灰白質 内側 視索前野 養育行動阻害